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イギリスの空の下からのつぶやき

イギリスの空の下からのつぶやき
 5年前の3月11日
五年前のあの日、
私はイギリスにいました。
ニュースで流れる映像を信じることができませんでした。

いてもたってもいられない気持ちで
指をくわえてただニュースを見る事しかできない自分がもどかしくて仕方ありませんでした。
そして飛行機に乗りました。

4月5日の新宿発の夜行バスで
東北に向かいました。
スーツケースに持てるだけの
食料を詰め込みました。

ぼこぼこ荒れた道路を
バスはぐんぐん走っていったのを忘れません。
あの時に見た光景は一生忘れられません。



そして4月16日の新宿発の夜行バスでは
イギリスから中学生の娘も一緒に連れて行きました。
今度は二人いるので
食料をもっと運べました。
二人で持てる限りの食料を持ちました。

中学生のまだ幼い娘に
生々しい傷跡を見せる事は
果たしてどうなのかと一瞬迷ったのですが
娘は来るべきだったと思うと言い、
一生この事実を忘れないと言いました。

JUMI


 
| ぁ‥貽本大震災&伯楽星は生きている | comments(0) | - |
 2011年気仙沼市を訪れた忘れえぬ日

 3月11日 震災から二年

震災から二年すぎた。

遠くにいる私たちができることは
こういう震災があったという事を
決して忘れてはならないという事だとつくづく思う。
風化させてはいけないという事。
記憶の隅から消してはいけないという事。

2011年の震災後、私はいたたまれない思いでアンパンやジャムパンをスーツケースにたくさん詰めて行った。

今でも心が痛くなる。その後も機会があればどうしても東北に行きたかったので足を運んだ。私が行ってもたいした役なんてたたないことはわかってだけれど。


気仙沼市を訪れた時、
カメラをもっていたけれど、
実は本当に数枚しか写せなかった。。。 この日はたまたま広告カメラマンの友人で震災で全壊した蔵元の撮影依頼を受けて被災地に仕事にきていた渡辺カメラマンと宮城で合流して渡辺カメラマンの運転で気仙沼に向かったのである。今でも気仙沼に向かう途中の道路や家並みがどんどん容赦なく変化していく光景を忘れられない。


                     (写真は気仙沼市を訪れた時撮影したもの)

はじめ、車から降りることも、
怖くてできないくらいだった。。。

でも、、あの地に立った時に、
心の中に
さめざめといろんな事を感じさせられた。
私の手元には
被災地の宮城県から二人、
そして茨城県から一人、
震災後
海を越えてイギリスまで
バレエの勉強に
留学してきている少女たちがいる。

三人とも、明るくてすごく良い子たちだ。

彼らが口をそろえて言う事は、
自分は地震のない国に今いる事が
家族や友達に申し訳ないと思う。
皆の事がいつも心配。。。。
何かあろうものであれば
私はいちもくさんに日本にすっ飛んで帰りたい、と。

普段話してるときは
アイドルや漫画が好きな
年頃の普通の可愛い女の子たちだ。

でも、いったん
あの二年前の震災の時の
話題になると、
彼女たちの瞳は赤くなり、、
そして、
震災の前の自分たちが
いかに幸せで
なんの不自由もなく生きてきてたということを
実感するという。

今を大事に生きなければ。。

この子たちの瞳はそう物語る。

遠くにいる人間にできること、、、
このことを忘れてはいけないということ。。。

機会があれば
また被災地にできるだけ足を運びたいと思う.

高台にあって
何とか津波をまぬがれた気仙沼小学校


 

呆れられてしまうかもしれないけれど、この小学校の前に立った時に、どうしても中に入ってどなたかにお話しを聞きたいと思わずにはいられなかった。

そう思うと同時に、私は入り口の受け付けの人に声をかけていた。

 

校長先生でもよろしいですか?っと、言われちょっとたじろいでしまったが、そんな間もなく、

優しい笑顔の校長先生が目の前に現れ、校長室に私達を案内してくださった。 校長室の中は穏やかで窓の外の校庭からは青い空の下子供達が元気に遊んでる声が聞こえる。

一瞬ここはどこ?と思わずにいられなかった。

 

校長先生は3月11日の事、これから子供たちに願うことなどいろいろ話してくださった。やはり3月11日のその日の事を聞くのは胸にこたえて涙がこぼれそうになった。一番辛いこの気仙沼で暮らす住人の一人でもあられる校長先生の眼差しは、それでもここからまた復活して前に向かって皆で手を合わせて頑張っていくんですという気持ちが清々しいほどに満ち溢れていたのだ。

 

そんなお話しをしているところ校長室の窓から男の子たちが顔をだして

校長先生〜 その女の人と何話してるのー? だれー?

みたいに、

無邪気にそしてあたかも大人をちょっぴり冷やかすように可愛い野次馬姿ではしゃぐのだった。

 

校長先生は、ニコニコとしながら、コラコラ!っと、子供達を優しくたしなめる。

 

私は思わず

私達に出来る事はなんでしょう?  と、口についてでた。

子供たちに何か喜んでもらえるようなものを見せてあげられる事ができたらいいのですが。

 

校長先生は、

そうですね!そういうお気持ちはいつでもとても嬉しいです。

 

ここで子供達が喜んでくれるようなものを見せてあげたい。。。いつかここに戻ってきたい。心の中に溢れてくるものを感じた。

 

校長先生との面談が終わり、お礼を言って私達は気仙沼小学校をあとにした。

 

そして海沿いを歩いていたら、後ろから、女の子たちの笑い声が聞こえた。振り返ると、高校生くらいの女の子たちがニコニコ笑いながらおしゃべりをしている。髪を綺麗に結わいて、今時の可愛い女の子たちだ。

 

目に焼き付いたのは、彼女たちの輝く笑顔と瞳のすぐ後ろには津波に破壊された家や港が抜け殻のように横たわっている。

そしてそれは何事もないかのように青い空と太陽に照らし出されていたのだ。この光景は一生わすれないであろう。

 

校長室の窓から見た小学生の子供達の笑顔、

そしてこの女の子たちの笑顔を見た時に、

辛いことがあっても
なんと子供というのは
逞しく
生きる勇気に満ち溢れてるのだろうと
思わずにいられなかった。
震災で被災されたすべての方々に謹んでお見舞い申し上げます。
そして一日も早い復興を心から願います。

二度とこのような大きな地震も津波も起こりませんように。


JUMI
| ぁ‥貽本大震災&伯楽星は生きている | comments(0) | - |
 震災の時を刻む時計。。。
 
一年前の今日、

イギリスの朝、
日本にいる友人からメールを受け取り、
慌ててテレビのチャンネルをつけた時に
飛び込んできた映像を今でも忘れない。

そして、映像にうつる
想像を絶する光景を見て
どうしていいかわからず、
ただただテレビの前で
立ち尽くすことしかできなかったのだ。

東北にいる友人たちの事が気になり、
いてもたってもいられなかった。
友人の携帯メールが繋がって
連絡がとれた時、、

生きてた、、、
生きてた。。。

と心の中で叫びながら、
一生懸命返信したのを今でも忘れない。

あの時
もう、
身体が震えて
一人でエンエン泣いてしまった。

そしてこんなに遠くにいる自分が
申し訳ないと思った。

数分おきにニュースを見れば、
さらに
多くの方が
二度と戻らぬ人となり、

そして多くの方々が
家族や愛する方々を失い
思い出の品、
生まれ育った町を失っていくのが
容赦なしに映像に映し出される。

決して起こってはいけないような現実が
確かに起こったのだと
一日、二日、三日たつごとに
悲しい現実となって
立ちはだかっていったのだ。

でも、日本人は辛抱強い、
逆境に強い、
打たれ強い、
この一年の間に
努力し強く立ち向かう日本人の姿に
遠く海外の人たちも、
心を打たれたに違いない。

まだまだたくさんの問題を抱えていて
道のりは大変でも、
少しでも早い復興を心から
心から願います。

そしてあらためて、
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りすると同時に
被災された方々にお見舞い申し上げます。
心の傷が癒やされますように。

そしてこの大きな震災が起こったことを
決して忘れないようにしたいと思います。

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚


 

震災の時を刻む時計
震災後、伯楽星の旧蔵、新澤醸造店にて撮影したもの。

140年の歴史のあったこの蔵は、震災後、すべて取り壊された。
そして、現在は宮城県柴田郡川崎町の新しい蔵に移転して製造を続けている。

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 3月11日、不思議な出来事〜空を突き抜けた母の愛情〜
今年、被災地の女の子達と一緒に話していた時のこと。

その時に女の子が話してくれたことがある。

地震と津波のあったその日、
幸いその女の子の家は海から離れていたから、
津波には巻き込まれず、
女の子も女の子の家族も無事だった。

でも、彼女の友人の女の子の家が津波に流されてしまった。

そのお友達の女の子の家は、
綺麗な海の近くにあった。

津波の時に、その女の子とお父さんは何とか非難することができた。
そしてお父さんと二人で
お母さんと弟は無事だろうかと心配しているところに、
女の子の電話が鳴った。

慌てて電話に出ると、

それは、
今すぐにでも会いたいお母さんからだった。

女の子のお母さんは、
娘の声を聞くと、
ホッと安堵し、

そして、息子と連絡が取れないのっと
心配声に変わり、
その、電話は
ブチっと切れたという。。

電話が切れた後、
お母さんからの着信の番号を見てみると、

それは、
すでに、
津波で流された
女の子の自宅の固定電話からであった。

゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆

お母さんは、
きっと空に逝く途中、どうしても
子供達の事が心配で、
空から
電話をかけてきたのだろう。

お母さんが心配していた息子さんの、
女の子の弟さんは、
波にのまれて、、
やはり
お母さんと同じく
二度と戻らぬ人となった。

この話を聞いて、
女の子の前で
目頭が熱くなって困った。

震災に遭遇してもいない私が
泣くことはいけないような気がする。。
いつもそう思うのだが、
でも、
いつも涙がでてしまう。

そして、親子の愛情の強さと絆を感じずにはいられなかった。

それぐらい、
お母さんは
子供達の事を心配し
愛していたのだ。

お母さんの子供達への愛情と魂の叫びは、
死という
重いベールに包まれた世界を突き抜け
声となったのだ。

゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆

私は、この話を
自分の子供達にも話した。

津波の流されてしまった被災地に訪れた事のある娘は、
あの光景は一生忘れられないっと
涙を流した。

被災地に行ったことのない息子は、
信じられないっと言って、
言葉を詰まらせた。

まだ震災の傷が生々しかった時に
中学生の娘をあの地に連れて行くことに
戸惑いがなかったかと言ったら
うそになるけれど、

今、日々が流れ、
震災の事が
だんだん風化されつつある危機感を感じるこのごろ、
忘れてはならない人間が一人でも多くいることは
たとえ小さな存在とて、
まったく無意味でないのかと思いたい。

私には
親しい大切な友人達が東北にいる。

そして復興に向けて
今日も頑張っている。

私に出来ることなんて
爪の垢にも満たないけど、
でも、この震災の事は絶対忘れてはいけないって
いつも思う。

先日、
英国赤十字社が、
東日本大震災(Japan Tsunami Appeal )への、寄付金の受付を終了したという。

これには、日本人としてショックであった。
一年たっていないのだ。

世界にはいろんな危機や困難があるのはわかるけれど、
東北の震災は半端じゃない規模の膨大な数の命を失い
計り知れないほどの悲しみを生んだのだ。

この事実は絶対忘れちゃいけないと思う。


追伸
この不思議な出来事の話しを私にしてくれたのは
バレエを一生懸命頑張っている宮城県の二人の女の子
新妻桃花ちゃんと萩原真美ちゃんである。
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 そして石巻へ
4月17日、
宮城のバレエの少女達と
次の再会を約束した後、
新澤さんの蔵に向かう。

そして、その後、

私と、娘は、
伯楽星の蔵人の女性、浅野さんの運転で、一路石巻に向かった。

車で一時間弱、、、、、
石巻の市内に入ると、
多くの車が走っていたが、、
やはり、何かが違っていた。。

いつ持ち主が取るにくるかわからない車が
寂しそうに、駐車場にずっと置いてある。

家々の前に高く積み上げられた、
津波によって被害をうけた悲しみの家財の山。。。。

建物には、
津波が確実にやってきた事をしるす
茶色の水の跡が、、
くっきりと残っていた。

一瞬にして町の様子が変わっていった。

そして一ヶ月前の震災の悲しい傷跡が、
目の前にいっぱいに広がっていった。


手を合わす事しかできない。


言葉が何も出なかった。


 

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 4月16日 再び夜行バスに乗って宮城へ。 バレエの少女達と再会。
16日の土曜日の深夜、再び、新宿から夜行バスに乗って、宮城に向った。
 

今回は、、中学生の娘も一緒だった。
応援物資を一緒に持ってくれる人間がもう一人増えたので、かなり助かった。
 
途中の休憩場所にて。
バスで7時間揺られ再び、古川の駅に到着。
先日宮城に行ってからたった10日ちょっとしかたってないのに、
すでに懐かしい気持ちでいっぱいだった。
風が少し冷たいが、空はまぶしいほど青い。
 
この前は日帰りだったが
今回は、ビジネスホテルに一泊することにした。
そして午前中、宮城県のバレエの子供達に再会した。
新妻桃花ちゃんと、萩原真美ちゃんである。
 
そしてバレエの話題に花が咲き、
桃花ちゃんは、この九月から、イギリスに留学することも決まってるので、
高鳴る気持ちを抑えられないっという感じもあったが、
と、同時に、、、イギリスにいながら、ふるさとの宮城のことがいつも心配だと思うと、
小さな胸のうちを明かしてくれた。
 
実際合格が決まった、後、、、3月11日の大震災が起こり、
日々、地震の恐ろしさを感じて過ごしてきているという。
 
一度は決めた渡英だったが、、
このような状況で、日本を離れていいのか、本人もそして家族も相当悩んだそうだが、
お母さんが背中を押してくれた。
そしてやはり、行こうと決断したそうだ。
送り出すほうも、送られるほうも、
離れ離れになることに、
いつもと違う緊張感があることは、
宮城の人だったら言葉に言わなくてもわかることだと思う。
 
地震の時の様子、、、津波での話し、、、
実際宮城に暮らしてる人たちから話を聞いていると、、
涙がでてくる。
でも、口々に言う。
 
私たちは、それでもとても恵まれてます。
こうやって命があって元気でいられること、、、
大変な人たちの事を思うと、
命ある私たちは幸せなのだと。。。

一つだけ、聞いてみた。。
東北に暮らしてない私たちに出来ることは果たしてなんなのでしょう。。。
いつ考えても、具体的なことがちっとも浮かんでこない。。。
すると、そこにいるみんなが口を揃えて言う。。。

この悲しい震災があったということを、
どうぞ忘れないでいて下さい。。。。。
遠くにいる人たちが、
それを思ってくれるだけで、
東北の人間は嬉しいと思う。

萩原真美ちゃんのお母さまは、震災によって
石巻でお父様を亡くされたばかりだ。
地震と津波によって倒壊した家の中から、
最愛なる父親を見つけたときの悲しい気持ちは、
到底計り知れない。

今日の午後、
新澤さんの蔵に行った後に、
石巻に行こうと思ってます

っと、私が話すと、、、、
真美ちゃんのお母さまが
ちょっと間をおいてから、
まるで一呼吸するかのように、、
静かに言葉を選びながら、
私のほうを向いてこうおっしゃった。

石巻に行かれるんですね。
きっと、実際に見られると、
とてもショックを受けらるかもしれませんが、
でも、行かれるのであれば、
現実にこういうことが起こったということを、
どうぞ心に留めてください。
そして何よりもお気をつけて出かけてくださいねっと、

うっすらと涙をためながら、
とても柔らかく優しく、
微笑んでくれた。
その後、
場所を市民会館に移動して、
子供達の写真を撮らせてもらった。
 
一年前、伯楽星カップに参加したときのことが、
とっても懐かしいっと言って一人の女の子が笑った。

そうだね〜〜っと言って、
一緒にみんなで笑った。
震災に負けないくらい、
子供達の笑顔は
明るいエネルギーに満ち溢れていた。
 
実際、
今日もらったメールにも、
震災なんかに負けずに
頑張っていきたいと思いますっと
力強く書かれていた。
市民会館は、もうすぐ桜が満開になるところだった。。

子供達の笑顔はいつでも、まぶしい。
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 小さなお役立ちグッズ達(*^_^*)
 
懐中電灯とか、、
軍手とか、
何も持ってないのって
 
言ったら、
友達が、
 
可愛い子袋に入れて、
お役立ちグッズ達イギリスと東京の空の下からのつぶやき..........JUMI-033マーブル文字(!).gifをくれたイギリスと東京の空の下からのつぶやき..........JUMI-20090329221246.gif



ブルーのものはなんだろうっと思ったら、
 
マスクでしたイギリスと東京の空の下からのつぶやき..........JUMI-0674_DECO_CHAR~00.gif
 
キティちゃんのタオルは、
洋服の青山でもらったオマケだそうですイギリスと東京の空の下からのつぶやき..........JUMI-70P700492_DCE.gif
 
 
そんなことより
今の懐中電灯ってすごいね〜〜
カッコいいイギリスと東京の空の下からのつぶやき..........JUMI-image1.gif
 
 
あ、、、
アーミーナイフセット、、イギリスと東京の空の下からのつぶやき..........JUMI-image011.gif
アタシに使いこなせるかなイギリスと東京の空の下からのつぶやき..........JUMI-グラフィック0530001.gif。。。。。。
 
お役立ちグッズさん達,
よろしくです(o^-')bイギリスと東京の空の下からのつぶやき..........JUMI-5f07ada80c269a4f5ab153cc49d15123.gif
 
 
 
日本が元気になれるようにイギリスと東京の空の下からのつぶやき..........JUMI-SB-sou-har-060.gifイギリスと東京の空の下からのつぶやき..........JUMI-SB-sou-har-060.gifイギリスと東京の空の下からのつぶやき..........JUMI-SB-sou-har-060.gif
今元気な人達が,
過度な自粛に気をつけて,
 
笑顔で普通の生活をする努力をしながら,
きちんと防災にも備えるべきなんだろうなっと思うこの頃です.

そして震災の事を記憶の中から風化させてはいけないなっと思いますイギリスと東京の空の下からのつぶやき..........JUMI-5f07ada80c269a4f5ab153cc49d15123.gif
 

東北が大好きなので
東北の食べ物をたくさん食べたいしイギリスと東京の空の下からのつぶやき..........JUMI-60P600312_DCE.gifイギリスと東京の空の下からのつぶやき..........JUMI-60P600353_DCE.gif,
東北のお酒もたくさん飲みたいイギリスと東京の空の下からのつぶやき..........JUMI-SB-sou-har-060.gif
 
 
そして、今日を自分らしく
頑張りますイギリスと東京の空の下からのつぶやき..........JUMI-20090329221246.gif
 
 
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